はじめに
夏と言えば、海水浴やお盆帰省などがありますが、中には「昆虫採集」を楽しんでいらっしゃる方もいるのではないでしょうか?
クワガタやカブトムシは日本を代表する人気の昆虫ですが、田んぼや小川、池の中にもちょっと変わった昆虫達が暮らしています。
今回はその中でも親しみ深い水生昆虫「ゲンゴロウ」の飼育方法についてご紹介させていただきます。
ゲンゴロウは今では数を減らしている稀少な昆虫ですが、飼育がしやすく、変わった名前とスイスイ泳ぐ姿が古くから愛されています。
1,ゲンゴロウってどんな虫?
画像引用元:チャーム charm 楽天市場店
ゲンゴロウは「コウチュウ目ゲンゴロウ科ゲンゴロウ亜科ゲンゴロウ属」に含まれている水生昆虫です。
大きさは3〜4cm前後で、上から見るとやや雫型の体型をしており、ツルンとした光沢のある背面をしています。
正面から見ると少し扁平になっており、この流線型の体型のおかげで水の抵抗をあまり受けずにスイスイと泳ぐ事ができます。
背面は緑〜暗緑色で、体を縁取るように白〜淡黄色のラインが入っています。
6本ある内の後脚は大きく、「脚ヒレ」の役割を持つ「遊泳毛」という毛が生え、オールのような形をしています。また、前脚・中脚は短めですが、前脚には強力な爪を持っており、この爪を使って獲物を捕食しています。
◇あまり驚かせると…
ゲンゴロウは敵に襲われたり掴まれたりして身の危険を感じると、頭部と胸部の間から白濁した液体を出す事が知られています。
しかもこの匂い、とんでもなく臭いのです。
鼻をつき、なかなか消えないこの不快な匂いは標本にして尚消える事は無い程強烈です。
また、過去にはこの液体を舐めた猛者もいたようで、感想としては「かなり苦い」との事です。
ゲンゴロウが出す液体は、この2つの特徴から「対鳥類兵器」「近くの仲間に危険を知らせている」などの働きがあるのではと考えられています。
2,どんな場所に生息しているの?
ゲンゴロウはかつて、日本の広い範囲に生息していたと言われていますが、現在ではなかなか見る事は難しいようです。
また、南西諸島には生息していません。南西諸島にはゲンゴロウの代わりに「コガタノゲンゴロウ」や「フチトリゲンゴロウ」が生息しています。
また、九州南部ではコガタノゲンゴロウの方がメジャーな存在となっているようです。
水の流れが少なく水生植物が豊富な環境を好んでいるため、少し深さがある用水路や田んぼ、ため池などに生息しています。
■どうして数を減らしたの?
かつてゲンゴロウは、日本の広い範囲に生息しており、田んぼやため池を見れば普通にいたそうです。
しかし、生息環境の破壊や農薬、外来種による食害、乱獲などによって次々と姿を消してしまいました。
現在では絶滅危惧Ⅱ類に指定され、群馬県と長野県では条例で採集などを禁じています。
3,何を食べているの?
ゲンゴロウは肉食性の昆虫で、自然下では動きが遅いヤゴ(トンボの幼虫)やオタマジャクシ、弱った小魚、カエルなどを捕食しています。
捕食の時は爪がついている前脚と中脚で抱き付くようにして捕獲し、強力なアゴでモリモリと食べます。
また、ゲンゴロウは自然下では死んで間もない小魚や昆虫も食べる「掃除屋」の一面も持っているため、飼育下ではこの性質のおかげでかなり飼育がしやすい水生昆虫です。
☆実はとっても○○が良い虫さんです♪
ここで皆様に問題です。
ゲンゴロウが獲物を探す時に何を頼りにしているでしょうか?
視力?遊泳力?それとも待ち伏せてからの瞬発力?
実はゲンゴロウ、「嗅覚」で獲物を探しています。この嗅覚は非常に鋭く、たった1滴の体液や血液を感じただけで弱った獲物を探し出してしまいます。
4,他にどんな呼び名があるの?
日本の広い範囲に生息しているゲンゴロウには多くの呼び名があり、「トウクロウ」「ガムシ」「ヒラツカ」「ワッパムシ」などと呼ばれています。
呼び名の1つである「ガムシ」ですが、実際にゲンゴロウによく似た水生昆虫として存在しており、全体的に茶褐色の体色や後脚の形状の違いがゲンゴロウと見分けるポイントです。
また、ゲンゴロウの別名で有名なのは「竜蝨(りゅうしつ)」で、「源五郎」という漢字と共に紹介されている事もあります。
◇海外ではこんな呼ばれ方も!?
ゲンゴロウは海外にも広く生息しており、
水中を泳ぐ姿から「Diving beetle(「潜水する甲虫」の意)」と呼ばれています。
また、ゲンゴロウの幼虫は成虫とはかけ離れた見た目と獰猛な性格をしているため、日本では「田ムカデ」「水ムカデ」、海外では「Water tiger(水中のトラ)」、「Water devil(水中の悪魔)」と呼ばれ恐れられています。
5,飼育の注意点は?
水中をスイスイと泳ぎ、見た目もどこか愛嬌のあるゲンゴロウにも、飼育のポイントがいくつかあります。
- 水の汚れに気を付ける事。
- 水流を緩やかにする事。
- 上陸できる場所を作る事。
- フタをする事。
飼育のポイントとして、これらが挙げられます。意外と少ないように感じますが、コレがかなり大切です。
ゲンゴロウの飼育方法について
・水槽
ゲンゴロウはよく泳ぎ回るため、見た目によらず広めの水槽で飼育する必要があります。
・飼育水
ゲンゴロウは魚のようにエラ呼吸をしないため、
カルキ抜きをしていない水道水でも飼育する事ができます。
・底砂
極端に酸性、アルカリ性に傾ける作用のある底砂以外ならゲンゴロウの飼育に使う事ができます。
メダカ用のソイルや田砂、川砂が生息環境に近いので個人的にオススメですが、大磯砂や玉砂利もゲンゴロウの成虫の飼育に使えますのでお気に入りの底砂を使って飼育を楽しんでください。
・フィルター
飼育ポイントである「水の汚れ」と「水流」に関係してきます。
フィルターは水の汚れを濾過によって抑制してくれる重要な飼育器具です。
また、ゲンゴロウは流れの緩やかな場所を好むため、調節弁を使って水流を調節する必要があります。
後述する理由から水位を水槽の1/2〜2/3にする必要があるため、水位が低くても使用できる「投げ込み式フィルター」と「パワーフィルター」が使い勝手が良いです。
Q,どうして水の汚れに気を付けるの?
A,水面に油膜が浮くと飼育に悪影響があるからです。
水生昆虫の入門種と言われるゲンゴロウですが、
水質というよりは水の汚れを気にする必要があります。
餌の与え過ぎや汚れの吸着ができていないと水面に油膜が出てきてしまい、これがゲンゴロウの呼吸を妨げてしまうのです。
ゲンゴロウは腹部と翅の間に空気を溜める事ができ、これが酸素ボンベの役割を果たす事でゲンゴロウの水中活動を支えているのです。
酸素が尽きてくると、ゲンゴロウは水面に少しだけ尾部を出して空気を交換するのですが、油膜があるとこの部分に張り付いて空気を遮断するため上手く空気の交換ができなくなってしまいます。
・上陸のための足場
ゲンゴロウは水生昆虫ではありますが、常に水中にいる訳ではありません。
時折陸地に上がって体を干す「甲羅干し」を行っています。
この行動は体を定期的に干す事でカビを生やさないようにしたり、病気になるのを防ぐためと考えられています。
そのため水位を1/2〜2/3くらいに下げ、流木や石で甲羅干しのための陸地を作ります。
流木や石は水槽のサイズによっては納得のいく物がなかったり値段が張ってしまう事があるため、浮草の1種である「ホテイアオイ」を入れる方もいます。
その場合はフタによっては蒸らしてしまい、すぐに枯れてしまう事もあるので注意しましょう。
☆「上手く陸地が作れない…」そんな時の応用アイテム!
甲羅干しのための陸地が上手く作れない、程よい流木や石がなくて困った時にオススメのアイテムがあります。
それが「水棲カメ飼育用の浮島」とメダカの産卵床やレイアウトとしての役割がある「フロート」などの人工浮草です。
浮島は元々カメの甲羅干しのために作られた商品で、人工浮草はゲンゴロウが乗ったくらいでは簡単に沈みません。
・フタ
ゲンゴロウは泳いでいるイメージが強いと思いますが、実は翅を広げて飛ぶ事ができます。
ゲンゴロウの脱走を防ぐためにも必ずフタをするようにしましょう。
また、フタは湿気が籠りやすいガラス製より網状になった通気性の良い物がオススメです。
網状のフタは60cm水槽用に販売されている物も多いため、45cm水槽用はなかなか見つからないかも知れません。
見つからない場合は、熱帯魚用の仕切り用の板も販売されているため、それを水槽のサイズに合わせて加工する事で通気性のあるフタとして使う事ができます。
・給餌について
ゲンゴロウは同じ水生昆虫であるタガメやミズカマキリと違って匂いがする物であれば積極的に食べてくれます。
餌は、塩分などの味付けがされていない煮干しや鰹節、肉食性の強い熱帯魚用の人工飼料やクリル、冷凍アカムシ、活き餌ならメダカかコオロギを与えます。
食べ残した餌は水を汚す原因になるためスポイトなどで取り除くようにしましょう。
■ちょっと慌てすぎでは…?
積極的に餌を食べるゲンゴロウですが、慌てて餌を食べ過ぎてしまう事があります。
そうなると浮力の関係や体の重さのバランスが崩れた事によって上手く泳げなくなってしまう事もしばしば。
泳げない事はゲンゴロウにとって死活問題なので、
餌を食べ過ぎた個体は食べ過ぎた分を吐き出してしまいます。
もちろん吐き出された餌は水を汚す原因になるため発見次第取り除くようにしましょう。
■複数飼育の場合は餌の量に注意!
ゲンゴロウは複数飼育をした時に餌の量が少ないと共食いをしてしまう事があります。
特に気が強いと言われているコガタノゲンゴロウは、混泳させていたヌマエビすら襲って食べる程攻撃性が強く、餌が不足していると共食いをしやすい面があります。
・水草
ゲンゴロウは水草にイタズラする事が殆どないため、水質浄化効果や隠れ家も兼ねて水草を植える事もできます。
「アナカリス」や「カボンバ」「ホテイアオイ」も人気ですが、ゲンゴロウ愛好家の中には「セリ」を植える方もいるそうです。
ゲンゴロウの繁殖について
ゲンゴロウは昆虫の中では寿命が長く、3年生きる事もあると言われています。
単独飼育であればそうそう無い事ですが、何と、複数飼育をしている愛好家の方の中にはゲンゴロウの繁殖に成功している方もいらっしゃるのだとか。
ここではゲンゴロウの雌雄判別方法と幼虫の性質などについてご紹介させていただきます。
ゲンゴロウの雌雄判別方法について
パッと見分かりづらい見た目をしていますが、
よく観察するとそれぞれの違いが見えてきます。
愛好家の方程ではありませんが、分かりやすい特徴をオスとメスで分けてご紹介いたします。
オスの特徴
- 背面が全体的にツルンとしており光沢がある。
- メスにしがみつくため、前脚に円盤状の吸盤がある。
メスの特徴
- 背面の光沢が弱い。
- 背面の全体に細かいシワや溝がたくさんある。
- 前脚は吸盤が無いため細長い。
これらの特徴が挙げられます。
もしゲンゴロウを複数飼育する時はそれぞれ観察してみましょう。
Q,どうしてメスの背中に溝やシワがあるの?
A,メスにとって切実な事情があるからです。
節足動物の交尾は意外と長く、ゲンゴロウもそれに当てはまります。
しかも自然下ではなかなか異性に巡り会えない事もあるようで、繁殖期になるとオスはかなり必死です。
そのため1度交尾を始めてしまうと、オスはなかなかメスの背中下りてくれず、中断しようとしないので、メスが交尾中に呼吸できずに溺死してしまうリスクがかなり高いのです。
この事から、メスの背中のシワや溝は、しつこいオスによる拘束を解きやすくしたり、簡単に掴めないようにするためにできたと言われています。
◇交尾は1回で十分!?
ゲンゴロウのオスは自分の遺伝子をより多く残すために複数のメスと交尾をしようとします。
しかし、当のメスは1度交尾できれば数ヶ月の間はオスの精子を元気な状態で体内に保つ事ができ、2度も交尾すればそのシーズンは難なく受精卵を産卵できます。
加えて交尾はメスにとって死ぬリスクが高いため、
交尾したメスはオスを見かけると逃げ出したり、枯れ葉や泥に潜って隠れます。
オスにとってはショックですが、メスも生きて遺伝子を残すために必死なのです。
ゲンゴロウの幼虫の性質について
ゲンゴロウの幼虫は鋭い牙を持つムカデのような見た目をしている事から「田ムカデ」「水ムカデ」と呼ばれています。
さらに性格は凶暴かつ獰猛で、
視界に入る動く物なら獲物と見なして襲いかかるため、共食いも日常茶飯事です。
ゲンゴロウの幼虫は、獲物に食らい付くと牙から麻痺効果のある体液と肉を溶かす消化液を獲物の体内に注入します。
これにより獲物は抵抗する術を失い、ゆっくりと食べられていくのです。
また、この攻撃は人間に対して行われる事があります。
ゲンゴロウの幼虫のお世話のポイントについて
前述した特徴から、ゲンゴロウの幼虫を育てるためのポイントは大きく2つ挙げられます。
- 幼虫はなるべく小分けにして単独飼育する事。
- 噛まれないようにするため絶対に触らない事。
ゲンゴロウの幼虫の餌について
幼虫は成虫と比べてかなり獰猛な水中のハンターであり、
落下昆虫やカエル、ヌマエビ、同種の幼虫、メダカなどの小魚などを積極的に捕食します。
飼育の時はコオロギやメダカ、小赤(金魚の小さい個体)、ヌマエビなどの活き餌を与えます。
まとめ
今回は古くから親しまれている水生昆虫・ゲンゴロウについてご紹介させていただきました。
最近では見かける機会もすっかり減ってしまってはいますが、通販やペットショップで稀に流通している事もあります。
また、魚の飼育よりは気にする点も少ないので、初めて飼育する水生昆虫、あるいは水生生物としても良いポテンシャルの持ち主だと思います。
幼虫は性質上慣れていないと危険が伴うので、
お子さんと一緒に幼虫を育てる場合は必ず大人も一緒にお世話をしなければなりません。
ゲンゴロウの幼虫を育てる事自体か稀であり、動向に注意しながらお世話をし、成長を観察するのは子供にも大人にとっても非常に貴重な体験ではないでしょうか。